要領の良さとは
中学生の頃、私の考える要領の良さとは、最小限の勉強で最高の点数を取ることだった。
必要最小限の努力、そしてテストで良い結果を最大の成果として得る。
それがすべてだった。
それ以上の勉強をしない、する必要すらあるとは思わなかった。
その延長線で、高校までカリキュラムを要領よく全うすることで、すべてよしとしていた。
現在、40を過ぎて振り返ってみてみると、なんと浅はかな信念だったことか。
普通に進学、就職するレールに乗っているのであれば、それは強ち、間違えでは無い。
大学受験がターゲットであり、大学受験を全うすれば良い、、、
ちゃんとカリキュラムのノルマに則っていれば、途中未完成であることを責められない、、、
不利益が考えられない。
しかし、
チャンスはいつやってくるか、わからない。
こちらが準備ができるまで待ってはくれない。
例えば、仮に自分が海外に挑戦するチャンスが中高生の頃にあったとして、教科書英語のレベルで十分なはずがなく、、、私は”英語力がない”ことを理由に諦めることになる。
極端な例えだけれども、早めに能力を高めて、”貯金”をしておくことに越した事は無い。
大人になって、不意打ちのようにやってくるチャンスを何度歯噛みしながら見送ることになったことか。
意欲を持ったときに、興味を持ったときに、そして無力さを思い知り悔しい思いをした瞬間から、可能な限り、その熱を使って自分を鍛え上げておけ。
今の私が、あの頃の私に一声かけられるなら、そんな事を伝えたい、と思った。